心を解き放つ「メンタルデザイン」とは?
初めまして、星野 匠(ほしのたくみ)と申します。
星野って誰? という方が多いと思いますので、自己紹介させていただきます。
私は今、心理カウンセラーとして主にオンラインで活動しています。
心理カウンセラーになったのは50歳の時で、それまでは地方公務員として長年勤めていました。
この記事を書いている時点では55歳で、独立起業してから5年になります。
正確には数えていないですが、これまでカウンセラーとして500人以上の方々と関わってきました。
また、私主宰のセミナーに参加してくださった方は延べ2000人以上になると思います。
他には、心理職として収入を得ることを目的とした講座の運営にも関わっています。
これまで、
・長年鬱を患っている方
・適応障害
・摂食障害
・強迫性障害
・発達障害
・婚活が上手くいかない方
・自信を失ってしまった方
・不安が強い方
・人前に出るのが怖い方
・SNSの投稿が怖い方
・夫婦関係
・親子関係
・嫁姑問題
・職場の対人関係
・起業や副業を目指す方
など、実に様々な方と関わり、感謝や喜びの声もたくさんいただいてきました。
ですが、私は最初から心理カウンセラーになろうと思っていたわけではありません。
こんな風に、人の人生に深くかかわって、人から感謝され続けながら過ごすことができるなんて、これっぽっちも思っていませんでした。
50歳という人生の後半で、安定した地方公務員を辞めて心理カウンセラーになったわけですが、それまで心理学を学んでこなかったし、もちろん何の資格も持っていない。
「人の心が分かる」とか特別な才能があったわけじゃない。
むしろ、「鈍感」と言われる方が多かった。
それどころか、メンタルはボロボロ、親子関係・夫婦関係も、職場の人間関係もギクシャクしていて、とても他人の人生に関わる余裕なんて全然ない状態でした。
つまり、人生に行き詰りを感じていました。
そんな中「もう、こんな人生はイヤだ!」と一念発起。
インターネットで起業することに一縷の望みをかけて、いろいろと学び始めたことで、人生が好転し始めました。
これは、本当にラッキーでした。
何がラッキーかというと、どこで学んだか、ということです。
何も分からない中で、たまたま巡り会って「これだ!」と思って学び始めた講座がとても良いものだったのです(数多の講座があって内容もピンキリの中、本当に運が良かったと思います)。
そして、まずは私自身が「自分の人生を生きている」と実感できるようになり、だからこそ、他人の人生にも良い影響を与えることができるようになりました。
もちろん、いろいろと試行錯誤がありましたが、学び続けたからこそ、今の幸せがあると思います。
そして、心のことを学べば学ぶほど、人生に深みが増して、生きている喜び噛みしめながら過ごすことができるようになりました。
とはいえ、私のこれまでの人生の大半は、幸せとは程遠いものです。
ひねくれた性格なのにそれを自覚できずに生きづらさを感じていた。
それをこじらせて、どんどん悪化していきました。
そして先ほど申し上げた「こんな人生はイヤだ!」というのにつながるので、結果オーライと言えばそうなのですが…
「もっと早く手を打てばよかった」というのが本音です。
そうすれば、もっと豊かで満ち足りた人生になっていたかも…? でも、だったら私の愛する娘は生まれていなかったかも? まあ、「たられば」を考えても仕方がありません。
ただ一つ確実に言えるのは「人生を変えるのに早いも遅いもない」「誰でもいつからでも幸せになれる」ということです。
なので、私の経験から得たものを多くの人たちに伝えたい。「学べば人生が変わるんだ」という気持ちでこのブログを書いています。
このブログの理念は「心を解き放つ『メンタルデザイン』」で自由な人生を手に入れる、です。
メンタルデザイン? 何それ?
と思いますよね。
まあ、造語です。
「メンタルデザイン」はつまり、心をデザインするということです。
デザイン(design)は、一般には「設計する」という意味ですが、その元々の意味は「削る」ということです。
【参考】
(design)の語源は、デ(de:削る)・ザイン(sign:形作る)。
これはラテン語で「私欲を削り落とし、本質を磨き上げること」を意味するそうです。
それでは、何を削るのか?
それは、足かせになっている余計な「思い込み」を手放すということです。
私たちは、いろいろな思い込みを持ちながら生きています。
もちろん、その思い込みのすべてが悪いわけではありません。
本能的なものもあれば、環境の中で身に付けてきたものもあります。
環境とはすなわち、人間関係です。
私たち人間は非常に未熟な幼少期を過ごします。
また私たち人間は群れで暮らすように進化してきました。
つまり私たちの心は、親から愛され、仲間から受け入れてもらい、年長者から認めてもらわなければ、「生きていけないと感じる」ようにプログラムされているます。
だから私たちの心は、「親から愛されない」「仲間から受け入れてもらえない」「年長者から認めてもらえない」と感じると、強く不安や恐怖を覚えます。
そのため、生まれてこの方、様々な環境(人間関係)を生き延びるための「価値観(=思い込み)」を身に付けてきました。
それは、その時には必要なことではありましたが、大人になった今ではもはや不必要なものがほとんどなのです。
大人になってから「親から愛されなければ生きていけない」ということはありませんよね?
また、今の仲間が受け入れてくれないとしても、現代社会においては、いくらでも別のコミュニティーがあります。
それなのに、これまでの慣れ親しんだ思考パターンに固執するあまり、辛くなったり、他人とぶつかったり、やりたいことができなかったり、失敗して大きく落ち込んだり、してしまっているのです。
その足かせになっている価値観(その多くは間違った思い込み=認知の歪み)を少しずつ手放して(=削る=デザイン)いきましょう、というのが私が独自に確立したメンタルデザインという手法です。
そうすることによって、少しずつ、本来の自分自身を取り戻して、「自分の人生を生きている」という実感を手に入れることができるのです。
手法としては、もちろん、心理学、特に認知行動療法をベースにしておりますが、現在の心理療法や旧来の心理学で欠落しがちな、生物学・進化論の視点、物理学・特に量子力学や熱力学的な視点、さらに、最新の心理学の知見を加味して提供しております。
独自の視点が鍵です
私は、心理学を学問として体系的に勉強しておりません。
また、カウンセラーの資格を持っておりません。
理系の学部を卒業し、長年、会社員・公務員を勤めた後、カウンセラーなりました。
なので、心理学系の勉強を重ねてカウンセラーになった人たちとは違った視点(物理学・生物学などの自然科学や会社員・公務員の視点)を持っています。
だからこそ、理論や技術を駆使することに頭を使うのではなく、「どうすればこの人が幸せになれるのか」ということに最大限力を注ぎ、これまで多くの人たちを幸せへと導いてこれたのです。
そして、このブログでは、私の独自の視点と科学的な知見を交え、どうすれば本質的な幸せ、自分らしい人生、理想の生活、豊かな人間関係が手に入るのか、ということを書いています。
興味のある記事からどんどん読んで、あなたの人生をより豊かで満ち足りたものにしていってください。
また、私がこのような活動をするようになった過去の経歴等を共有しておくと、より内容を理解しやすいと思います。
なので、少し、私の過去の物語を共有させていこうと思います。
メンタルボロボロの地方公務員が心を解き放って自由を手に入れる物語
強烈な「自己無価値感」にさいなまれて
「自分がこの世から去った方が、世の中のためなんじゃなかろうか?」
と考えたことが何度もありました…
目次
・はじめに
・極度の引っ込み思案
・お前は間違っている
・自分の正しさを証明しようとする日々
・あれっ? 頑張れない
・パワハラと最後の成功体験
・束の間の平和な日々
・頑張れないダメな自分に再び転落
・自分はこの世に存在しない方がいいのか…?
・苦悩を乗り越えて幸せの道へ
・過去の自分と同じように苦しんでいる人を救いたい!
はじめに
私は北海道の田舎町に三人男兄弟の次男として生まれました。
当時の基準でも決して裕福な家庭ではありませんでした。
むしろ貧乏暮らしで、そんな中で私たち兄弟を育てあげた両親を、今ではとても尊敬しています。
しかし、言うまでもなく両親も完璧なわけではありませんでした。私自身も、生まれつきひねくれた資質を持っていました。それに伴って、心の奥がねじ曲がった性格に育ってしまいました。
その結果、人間関係で数々の失敗をしました。私のモラハラが原因で離婚も経験しました。好きで結婚した相手のことを傷つけ続けていたのです。
そして、人生がどん底の時、無価値感でいっぱいでした。「自分はこの世に存在しない方がいい」そんな風に思っていました。また、毎日、「上司が嫌だ!こんな仕事は辞めたい!」とばかり考えていました。そんな辛い人生を歩んできました。
でも、その辛かった時には、自分のメンタルに問題があるなんて、思いもよらなかったのです。
その後、ともに心理学を学ぶ仲間と出会い、自分と向き合って心を癒やすことができました。
今では、以前の悩みが嘘のように消えてなくなりました。好きな人達に囲まれて軽やかな心で穏やかに幸せな毎日を過ごしています。
今回、以前の私と同じような悩みを抱えるかたに向けて、私の半生を振り返りました。読んでいただき、人生を考えるきっかけになればうれしく思います。
極度の引っ込み思案
小学校に入る前は極度の引っ込み思案でした。
家族や他人とのコミュニケーションを取るのが超絶苦手でした。特に、自分の気持ちをうまく話すことができませんでした。そして泣き虫でした。例えば、何か嫌なことをされたときに「やめて」と言おうとすると、感情が高ぶってしまうのでした。言えずに「うっ」と声が詰まって嗚咽が漏れそうになる感じでした。そして、「言いたいことがあるならはっきり言いなさい」と怒られ、言おうとすると泣いてしまうということがしばしばありました。
うまく自分を表現できなかったので親に察して欲しくて甘える気持ちが強かったです。内弁慶な側面もありました。なので、何を考えているのか分からない子供でした。
兄弟で遊ぶことが多かったです。でも、本当は誰にも邪魔されずに一人で遊ぶのが好きでした。
お前は間違っている
親とすれば教育やしつけの一環だったのでしょう。「お前は間違っている」と頭ごなしに否定されることが多かったです。それも、根拠を示さずに。「なんで?」と聞いても明確に答えてくれずに、親は不機嫌になるだけです。
私自身が正しいと確信していることでも「それ違う」「間違っている」と言われました。そんなときは「自分の正しさを証明」しようと躍起になっていました。それでも認められずに悔し涙を流すこともありました。
少年野球で逆転のヒットを打ち、(自分で言うのも変ですが)大活躍して周りからほめられた時のことです。良い気分でそのことを親に言うと「お前の力ではない。前にランナーがいたからだ」のようなことを言われました。また、学芸会の劇で結構目立つ役をやった時のこと。親の感想は「お辞儀がだらしなくて恥ずかしかった」というダメ出しだけでした。あまりほめてもらった記憶がありません。
ほめてもらえるのは学校のテストで良い点数をとった時くらい。そういうときでも、「ここがこうだったらもっと良かったのに」と言うことを怠りませんでした。
親からは基本的にダメ出しが多く、結果のみに着目して評価されがちでした。そして、気持ちを察してくれる発言はあまりありませんでした(と感じていただけかもしれませんが)。
このような経験から、他人と意見が食い違ったときにどっちが正しいのかにこだわるようになりました。自分と異なる意見を受け容れられなかったのです。
また、親にはどうせ分かってもらえない、と思うようになりました。
何度も言っても足りないことですが、私は親のことはと尊敬していますし、とても感謝していますし、親は限りない愛を私たち兄弟に注いでくれました。ただ、少年時代のひねくれた私の心が素直に親の愛を受け取れなかったということです。
自分の正しさを証明しようとする日々
中学になり、野球部に入りました。
スポーツの中では野球が一番好きでした。でも、部活に入ってやるほどではありませんでした。
それなのになぜ野球部に入ったかというと、理由は次のとおりです。
私が小学校だった頃、兄が中学の野球部に入った時のことです。私が「ぼくも中学校になったらやりたい」と言いました。すると、親や兄から「お前には無理だ」と即座に否定されました。だから、「野球部に入って見返してやる」「両親や兄が間違っていることを証明してやる」という気持ちが強かったのです。
そして、周りから無理だと思われるようなことも、まじめに頑張ればなんとかやりきることができる、という成功体験につながりました。
一方、勉強は比較的得意な方だったので、結果が出て、北海道という田舎ではトップクラスの高校・大学に入学することができました。
でも勉強自体はそれほど好きなことではなかったのです。大学に入ってどんな将来のためにどんな勉強をしようなんて何も考えていませんでした。親に認められるために勉強をしていたのかもしれません。
そしていつしか、「自分の正しさを証明するためにやりたくもないことを気力で乗り切る」というパターンができてきました。
定期試験や大学受験も、追い込まれてから頑張って挽回するパターンを繰り返しました。
それが後々、地獄を招くことになるとはつゆ知らず・・・
あれっ? 頑張れない
大学に入ってから、勉強に情熱があるわけではないので、学校に行かず友人との遊びやだらだらと過ごしたりすることが多くなりました。どうも、講義に出たり勉強したりするのがめんどくさくて仕方がなかったのです。それよりも飲みに行ったり麻雀をしたり、そして昼まで寝ていたり、ダメな学生の典型でした。
あれ? おかしいな? と思いました。真面目なはずの自分が、頑張れないなんて。持ち前の「追い込まれてから頑張って挽回するパターン」もなかなか発揮できなくなり、二年留年する羽目になりました。
その時は「頑張ればなんでもできる」と思っていたので、留年してからは、「頑張れない自分はダメだ」と落ち込みました。落ち込むからなおさら頑張れない、という悪循環におちいりました。
親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいでした。なぜ、頑張れないのか、その時は理由が分かりませんでした。心理学を学んだ今では「燃え尽き」だということが分かりますが、そのときは何がいけないのか皆目見当がつかず、「ダメだダメだ」と自己否定ばかりしていました。
それでもなんとか最後の方は「追い込まれてから頑張って挽回する」というパターンを発揮して、なんとかギリギリで卒業し(就職で旅立つ日まで卒論に手を加えていました)、乳業会社に就職しました。
パワハラと最後の成功体験
乳業会社に就職し、配属先は埼玉県の工場でした。
職場は夜勤もあり年休も取りづらい状況でした。大学から始めた趣味の音楽活動が思うようにできないのが大きな悩みでした。それでも、慣れない暑さと体がキツい中、なんとかやっていました。
そんな時、高圧的な上司(今だと間違いなくパワハラ認定)が異動してきたのです。
毎日のように怒鳴られるようになりました。そして、転職を決心したのが社会人3年目の時でした。
転職と言っても面接とかは苦手だし、今のように転職に対するサポートがない時代だったので、学力だけで勝負できる公務員の道を選択しました。
毎日仕事で疲れている中、勉強をして、公務員試験を受けて合格しました。
ここでも、持ち前の、追い込まれてから頑張って挽回するパターンを発揮しました。
そして、大学での挫折(留年)で傷ついた自尊心を取り戻せたような気がしました(やっぱり自分は頑張ればできるんだ!)。
しかし、これが私の人生の中で、このパターンによる最後の成功体験となりました。
束の間の平和な日々
北海道に戻ってきて、仕事もそこそこ、趣味の音楽もそこそこ、遊びもそこそこ、のまあまあ満足出来る生活を手に入れました。
しかし、職場では相変わらず「自分の正しさを証明」しようとしていました。そのため、時には議論をして周りとぶつかりました。相手を傷つけたり自分が傷ついたりして、「自分は正しい」「なんで分かってくれないんだ」「分からない周りはバカばっかりだ」と思っていました。
ただ、嫌な気持ちになることはあったものの、全体的には束の間の気楽で平和な毎日だったと思います。
頑張れないダメな自分に再び転落
公務員になってから4年目、部署が異動になりました。
そこは、「私頑張ってます」ということをアピールする人が多い職場でした。私にとっては「これやる必要あるの?」と思われるような仕事を、多くの人が夜遅くまで残ってやっていました。「仕事を効率的に行って成果を上げる」というよりも、上司や本庁や議員の先生方に「認めてもらいたくて」頑張っている、という感じでした。
そして部下に対しては支配欲丸出しで、高圧的に接してくる「サル山」の世界でした。
当然、「やりたくもないこと」かつ「やる必要がないと思われるもの」を「やれ」と強制されました(仕事なので仕方ないのですが、「上司が誰かにいい顔をするため」だったりするのです)。
そんなことを続けているうちに3度にわたりメニエール病になってしまいました。メニエール病はストレスによってめまいがする病気です。
そして、「どんな嫌なことでも頑張れば乗り切れる」というセルフイメージが完全に崩壊してしまいました。再び、「頑張れない自分 = ダメな自分」になってしまいました。ズーンと深く落ち込みました。常に重苦しいものが胸の奥に詰まっていました。スッキリすることなく吐き気を感じ続ける毎日でした。
自分はこの世に存在しない方がいいのか…?
当時結婚していた相手に対しても「自分の正しさを証明」しようとしていました。相手の気持ちを理解せず、価値観を押し付けていました。今で言うモラハラ夫です。好きで結婚したはずの相手から結婚後4年あまりで離婚宣告されました。
その後、再婚相手と出会い、付き合い始めてから少し気持ちが持ち直しました。しかし、再婚後、その相手にも同じようにモラハラをしてしまいました。私自身は自分が悪いなんて思っていなかったわけですから。離婚で苦しんでいた私を救ってくれた彼女を、そんな風に傷つけてしまいました。最低な人間でした。
家庭も職場もうまくいかない、そんな辛い気持ちをなんとかしようと、自己啓発書や心理について書かれた本を読みました。でも、根本的なメンタルは変わらず、辛い状況が続きました。
そんな中、家を建てて「自分が死んだら保険金も出るし家も家族に残る」と考えたとき、強烈な無価値感に襲われました。「自分がこの世に存在しない方がうまくいくのでは」と思うと、とめどもなく涙が流れてきました。
苦悩を乗り越えて幸せの道へ
その後も、生きづらさとともにモヤモヤと重苦しいものを胸の奥に抱えたまま長年過ごしてきました。
すでに公務員の仕事に情熱を持てなくなっていました。職場環境も好ましくない(と感じていた)ので、「なんとかしてこの状況から脱することはできないか」と考えるようになりました。そして、簿記の勉強をして転職のためのスキルアップを図ったり、ネットビジネスの情報を集めたりしていました。
そのうち、ネット起業できれば家族との時間も十分持てる、それに、二度とサル山の世界と関わる必要がなくなる、と思うようになり、その方法を模索するようになりました。
そんな風に人生を切り開こうともがいている中、とある心理系のオンライン講座に入会しました。そして、そこで心理学を学ぶようになったのです。そのうち、これまでの自分の頑張り方が結果の出づらい間違ったものだった、ということを知りました。そして、その場で、仲間・環境・方法論・指導者を得て、正しい努力を続けていったのです。そうすることで、自己受容することができ、自己肯定感が高まってきました。また、その講座ではセミナーやセッションの練習をオンラインで行える環境が整っていて、そこでたくさん練習することができました。
それまでは、自己流でフィードバックも受けずに「頑張ればできるはず、できないのは頑張りが足りないから」という考えでがむしゃらにやっていました。孤独に頑張っては結果が出ずに落ち込んでいたのです。しかし、正しい方法で楽に努力を継続して、自己受容できたことで、人間関係・家族関係にまつわる悩みが全くなくなってしまいました。職場も家庭も極めて居心地の良い場所に変わっていったのです。
そして、私自身がメンタル改善でたどってきた道を心理学的な知見に基づいて体系的に整理しました。それを他の人に提供してフィードバックをもらいつつブラッシュアップしたものを「メンタルデザインメソッド」としてまとめました。
過去の自分と同じように苦しんでいる人を救いたい!
過去の自分のように、
・生きづらさや無価値感を抱えながらも人生を切り開こうと懸命に生きている人
・どうしたらいいのか分からないのに弱音を吐けない人
・「頑張ればできるはず、できないのは頑張りが足りないから」と孤独に苦しんでいる人
が少なからずいるはずです。
もしかしたら、あなたがそうかもしれません。
もしそうだとしたら、私が苦しみから抜け出したように、あなたを苦しみから救い出します。
何ができてもできなくても、何をしてもしなくても、あなたにはかけがえのない価値があります。
あなたはあなたのままで大丈夫なのです。
私は「メンタルデザインメソッド」を広げることで、この世の中を、自分や他人に寛容で自己否定も他者否定もせず多様なものが調和した幸福感あふれる世界に近づけたいと本気で思っています。
愛 ✕ 感謝 ✕ 寛容 ✕ 調和 = 幸福
次は、あなたが幸せになる番です。
あなたには、幸せに向かって力強く歩き出す力があります。
だから、みんなで自由を手に入れて、周りの人たちにも幸せの輪を広げて行こうよ! というわけです。
ーーー自由を手に入れる物語終わりーーー
改めて、メンタルデザインのおさらい
長くなってしまいました。
私のこのブログでは、「余計な思い込みや価値観を手放して、心の自由を手に入れましょう」ということをいろいろな切り口や具体例で書いてますので、そういうことを頭の片隅において読んでいただけると、理解しやすいと思います。
こういう仕事をしていると、元々穏やかで優しくて柔軟な考え方がをもって相手の気持ちを理解できた、と思われることが多いです。
違います。断言できます。
上記に書いたとおり、自分の正しさをガチガチに相手に押し付けて、こちらの意見と異なっている相手を容赦なく攻撃する、怒りっぽいイヤなやつでした。
変にプライドが高く、素直になれないし、自分の気持ちをうまく表現できない。
それどころか、自分の気持ちが良く分かっていなかったです。
そんな人間でした。
でも、そんな人間でも変われるのです。
私のように、パワハラを受けたり、離婚したり、「自分はこの世に存在しない方がいいのでは?」みたいな強烈な自己無価値感を覚えたり、そんな必要はありませんん。
知識と思考の枠組みを学び、それを習慣化する。これだけで人生がガラッと変わります。
ちょっとしたきっかけで変われます。
このブログがそのきっかけになれば、幸いです。
私たちは生き残るために様々な価値観を身に付けてきました。
生き残るというのは、親から愛されるため、仲間から受け入れてもらうため、年長者から認めてもらうため。
「価値観」とは、先入観、固定観念、信念、刷り込まれたもの、信じ込まされたもの、つまりは「思い込み」です。
例えば、「他人に迷惑をかけてはいけない」という価値観や「自分が我慢すれば丸く収まる」という思い込み。
それは、誰にとって都合の良いものでしょう?
闇雲に「〇〇すべき」と思ってしまった時、そんな疑問を持ってみてください。
そのような余計な「思い込み」をどんどん手放して、あなたの心を解き放って自由を手に入れて、自分らしい人生を生きるのが「メンタルデザイン」です。
そのための具体的なやり方が「『心の自由人』になるための3ステップ」です。
これについては、メールマガジンで詳しくお伝えしておりますので、登録がまだの方はご登録をおススメします。
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